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門の開く音
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続いて玄関の硝子戸の開く音がした。庸三は、ちょうど子供を相手に、葉子の噂をしているところだったが、そこへ彼女が割り込んで来て、部屋がにわかに賑やかになった。葉子は今日も病院へ行って、入院中から懇意になった若い医員の二三の人たちと、神田まで食事をしに行って、やがてその連中と別れてから、シネマ・パレスで「闇の光」の映画を見て来たというのだった。見ようによっては何か怪しい興奮と疲労の迹かとも思われないこともないような紅潮が顔に差していたが、芸術の前にはとかく感激しやすい彼女のことなので、それは真実かも知れないのであった。
「K――博士も一緒?」
庸三は葉子の手術のメスの冴えを見せたあの紳士のことを訊いてみた。
「ううん、K――さん行かない。」
葉子は首をふった。
「あの人たちみんな罪がなくて面白いのよ。作家の人たちとまるで気分が違うわよ。」
子供と葉子のあいだに文学談が初まり、ジャアナリズムの表面へは出ない仲間の噂も出た。これからの文学を嗅ぎ出そうとしている葉子は、しきりに興味を唆っていたが、彼の口にする青年学徒のなかには、すでに左傾的な思想に走っている者もあって、既成文壇を攻撃するその熱情的な理論には、彼も尊敬を払っているらしかった。
「それにあいつは素敵な好男子さ。」
葉子はそういう噂を聞かされるだけでも、ちょっと耳が熱して来るほどの恋愛空想家であったが、そのころはまだそんなに勢力をもつに至らなかったマルクス青年の、それが相当新鮮なものであったので、何か颯爽たる風雲児が庸三にも想見されたと同時に、葉子がいつかその青年と相見る機会が来るような予感がしないでもなかった。庸三は心ひそかに少しばかりの狼狽を感じないわけに行かなかったが、それが葉子にふさわしい相手らしいという感じもした。そして何か事件の起こるかも知れない時の自身の取るべき態度をも、その瞬間ちょっと想像してみたりした。
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06/17 20:22
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