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温かい宵
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再び葉子が下宿から姿を消した。
出て行くその姿を、電車通りの角のフルウツ・パアラにいる長男の庸太郎がちらりと見た。
「どうもそうらしいんだ。黒い羽織を着て雨傘を差して、手に包みか何かもっているらしかった。原稿書きに行ったんかもしれない。」
彼は話した。
そのちょっと前に、今いつもの婦人雑誌記者と、自動車をおりて葉子が例の旅館へ入って行くところを、ふと通りがかりに見たといって、庸太郎がそれとなく報告するので、わざとしばらく近よらないようにしていた庸三が行ってみると、もうその時はその若い記者も帰ったあとで、葉子は夕刊を見ながらオレンジを食べていた。そして庸三の入って来るのを看て、好い顔をしなかった。
庸三の詰問に対する葉子の答えでは、彼女は記者をさそって、行きつけの支那料理屋で、晩飯を御馳走しただけだというのだった。記者が葉子の讃美者であるだけに、庸三はちょっと疑念をもった。
「だってああいう人たちには、私などはたまにそういうことをしておく必要があるのよ。私原稿料の前借だってしているのよ。」
庸三はそれもそうかと思って、口を噤んでしまったのだが、その晩もちょっとその辺を散歩するつもりで、二人で旅館を出ると、わざと大通りを避けて区劃整理後すっかり様子のかわった新花町あたりの新しい町を歩いた。そして天神の裏坂下から、広小路近くのお馴染の菓子屋が出している、汁粉屋へも入ってみた。よく彼の書斎に現われる、英文学に精しい青年の兄の経営している、ちょっと風がわりの店であった。
そしてそうやって歩いていると、いつかまた別れる潮を見失って、彼は葉子の部屋で一夜を明かすのであった。
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06/17 20:24
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